HANAIBOOKS  〜HANAI お薦めの子どもの本〜

このページでは、HANAIが教材で使用する本や、ぜひ子ども達に
読んで欲しい本、お父様お母様にもお読みいただきたい本を
紹介していきます。

NO.36

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わたしとあそんで

あさひが のぼって、
くさには つゆが ひかりました。
わたしは はらっぱへ
あそびに いきました。

マリー・ホール・エッツ/絵と文
よだ じゅんいち /訳
福音館書店 
\1050
1955年

ある晴れた日に、ひとりの女の子がはらっぱに遊びに行きました。ばったやかえるやかめやりすに出会って一緒に遊ぼうとしますが、みんな女の子をこわがって逃げてしまいました。女の子は、池のそばの石にこしかけて、音もたてずにじっとしていました。すると、いつのまにか逃げていった虫や動物達が戻ってきて、女の子のそばに集まりました。やがて、しかの赤ちゃんまでやってきて、女の子のほっぺにキスをしました。

マリー・ホール・エッツが、この女の子と動物たちとのふれあいをいきいきと描いた作品を世に送り出したのは、1955年彼女が60才の時のことです。1956年には『わたしとあそんで』は国際アンデルセン名誉賞を受賞しています。マリー・ホール・エッツという人は、『もりのなか』『海のおばけオーリー』『赤ちゃんのはなし』など数多くの優れた絵本を作りましたが、その人生は決して平穏なものではありませんでした。
1895年にアメリカのウィスコンシン州に生まれたマリー・ホール・エッツは、ニューヨークの美術学校を卒業した後、サンフランシスコで就職し、そこで出会った青年と23歳で結婚します。ところが、ハネムーンから帰ってすぐに兵役に戻った夫は、病気で亡くなってしまうのです。失意のどん底に突き落とされたマリー・ホールは、友人の勧めもあってシカゴ大学で社会学の勉強をします。そして、シカゴでソーシャルワーカーとして10年間働き、児童保健施設開設の仕事でチェコに派遣されることになりますが、その時ふたたび悲劇が襲います。予防接種の注射の量を間違えられて健康を害してしまうのです。働くことができなくなってシカゴに戻ったマリー・ホールは、コロンビア大学で児童心理を学び、シカゴに戻ってから1930年にハロルド・エッツ博士と結婚します。しかし、たった13年の結婚生活で、エッツ博士はガンのため亡くなってしまうのです。夫が亡くなった後、マリー・ホール・エッツはニューヨークへと移り、『もりのなか』『マイ・ドッグ・リンティ』『海のおばけオーリー』といった作品を次々と作り出しました。
マリー・ホール・エッツの絵本は、一見なんということのないお話のように思えますが、何度も繰り返し読むうちにその深さに気づかされます。『わたしとあそんで』も、女の子の動きに合わせて緻密に計算された背景の変化、目の動きだけで感情を豊かに表現している女の子、女の子を温かく見守る擬人化されたお日さま、などエッツの普通でない才能が随所に見られます。そして、動物達が近づいてきてもじっとして動かない女の子のなんと力強いことでしょう。しかの赤ちゃんにキスされても声をあげることなく、自分と動物達の世界を守るパワーには感動させられます。
子ども達は、私たち大人が何度も読むうちに気づいていく、マリー・ホール・エッツの絵本の素晴らしさを、一度読んでもらっただけであっという間に自分のものにしてしまいます。その証拠に、『わたしとあそんで』を読み終わると必ず「もう一回読んで!」と声がかかります。ぜひ試してみてください。


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素材提供:「second home

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